とある裏店の一部屋。
茹だるような暑さの昼下がり、その男は何もせず
ただ昼間の明るさと暑さが通り過ぎるのを待っているようだ。
とはいえ、見た目はそれほど良い物ではなく、
開け放った長屋の一室でごろりと寝転がっているだけである。
その耳には井戸の廻りで噂話に花を咲かせる女房たちの声や
笑い、泣く子供たちの声が否応なしに飛び込んでくる。
でも、その騒がしさは決して嫌いではない。
この男、名を月ヶ瀬清十郎。
年齢のほどはよくわからないが見た目は若く見える。
どこの生まれか、いつ頃からここにいるのかどうやって生活しているのか・・・
誰にも皆目わからない。
六尺近い背の高い男。色白でどこか線の細い所もあるが、大刀を帯びているので
どうやら浪人のようだ。
とはいえ、裏店の連中にとってそんなことはどうでも良かった。
けっして人当たりが良いとは言えないが、
悪い人間ではない。
ましてや、皆それぞれの生活で大わらわである。
人のことなど構っていられない。
清十郎にとってもその方が都合が良い。
一々色んな事に干渉されてはたまったものではない。
裏店に響く生活の音を聞きながらそんなことを考えている。
開け広げた玄関の前を通りかかった若い男がひょいと部屋を覗き込む。
「旦那、相変わらずですねぇ」
そういった男は仕事を終わって帰ってきたらしい。
この裏店で唯一と言っていいほど、言葉を交わす間柄の男だ。
とはいえ、そこはそこ。お互いの素性などそれぞれが良くは知らないが
それでも構わないと思っているかは知らないが、気軽に声をかけてくる。
経師屋の職人をしているらしい良蔵ということまでは知っている。
でも、そこまでだ。それ以上お互いの生活に踏み込まない事が気楽で良い。
暑い一日がもうすぐ終わりそうな頃合いである。