茶巾餅で名高い、市ヶ谷の菓子鋪『高砂屋』。賊が押し込んだのは十月二日、風の強い夜であった。主人夫婦以下六名が惨殺されたので詳細は不明ながら二百両は下らない金高が盗み取られた。ただ一人助かった下女の証言で族は六〜七人でいずれも《薄汚い浪人》であったらしい。
秋山大治郎の道場。大治郎は掃除の途中であろうか、井戸端で雑巾を絞っていると、勢い良く駆け込んで来る一人の男がいた。「大治郎殿!」と大声で叫びながら駆け込んで来たその髭面の男を、大治郎は「鉄之助」と呼んだ。西山団右衛門という人物よりの返事があったと息を切らしながら報告する鉄之助に「良い返事であろうな」と問う大治郎。言葉にならず、頷くだけの鉄之助に「おめでとう」と何度も繰り返す大治郎。「急ぎ知らせたかったので、稽古の途中だが抜け出して来た。すぐ戻らねばならない」と言って走り去る鉄之助を見送った後も、一人嬉しそうな大治郎である。それもそのはず、三年ほど前の大坂で。その頃から親交のあった二人であったが、鉄之助はなんども縁談がうまくゆかない。落ち込む鉄之助を大治郎が励まし、剣術の修行に打ち込む日々を送っていたようである。
弥七の店「武蔵屋」の前で、弥七の女房のおみねが、落ち着かない様子で弥七の帰りを待っている。それもそのはず、店の中では秋山小兵衛が弥七を待っている。「一本おつけしましょうか」というおみねに「今日は飲むわけにはいかん」と、厳しい表情。「肩の張るところへお出かけで?」と聞くおみねにさらりと「唯のそば屋だ」と小兵衛。なんでも、《黒くて太いぼそぼそとした田舎蕎麦》が良いという弥七と、小兵衛が好みの《つなぎ三分とそば粉七分の江戸前蕎麦》の対決らしい。その江戸前の蕎麦を弥七が一言でも「うまい」と言ったら坊主にしてやる、という小兵衛に「それだけはご勘弁を」とおみね。そこへ弥七が駆け込んで来る。「今日は蕎麦、勘弁してくだせえ」という弥七に「逃げるのか?」と小兵衛。しかし話を聞くとお上の御用らしい。件の押し込みのあった『高砂屋』で盗まれた小判が使われたらしい千駄ヶ谷の賭場へいくという弥七に「では蕎麦どころではないな。いっておいで」と小兵衛に言われ駆け出そうとした時、弥七があることを思い出した。帰って来る途中、鼻緒を切った弥七が木陰で鼻緒を据えていると、「浅草の橋場の先の薄汚い道場?」という言葉を聞いた。その人物は「尾けているのを知られてはまずいのであまり近づかなかった」ので道場の名までは確認していないらしい。ただ目当ての人物がそこに入り、すぐに出て来たことを確認したようだ。「橋場の先の汚い・・・いやいやオンボロ・・・いや、あんまりりっぱじゃない・・・」口ごもる弥七に、「そりゃ、大治郎の道場じゃ」と笑いながら小兵衛。つまり大治郎の道場へ来た客が浪人者に尾けられていたと言うことだ。それだけであるが、話していたのが薄汚い浪人なので、弥七が妙にひっかかっているらしい。
弥七の話を確かめに大治郎の道場を訪ねた小兵衛。来た客は一人、浅岡鉄之助だけであると大治郎から聞かされる。「金子さんの道場で代稽古をしているあの、髭達磨か」と小兵衛。何度か稽古を見たことがあるようで、「腕はさほどでもないが、教え方がいかにも丁寧、さぞ人気があろう」と小兵衛はみている。「仕官と婿入りが一片に決まったのでそれを知らせに参りました」。金子孫十郎の世話で、出羽の国・本庄二万石の江戸藩邸に務める西山団右衛門の娘、千代乃との縁談がまとまり、西山家に婿入りして本庄藩に仕官するすることとなったらしい。鉄之助が尾行されていたようではあるが、「弥七の考えすぎではないか」という大治郎に、「十手を預かって二十年。その感働きは並みのものではない」という小兵衛。「不景気な世の中、めでたいことが幾つも重なるとやっかみ半分で人の恨みを買うこともある」ので西山殿に会って確かめねば・・・と言いながらその辺りにあった芋を頬張る小兵衛。「その芋は三日前の・・・」と大治郎に言われ、吹き出す食いしん坊な小兵衛である。翌日、本庄藩下屋敷を訪ね、西山団右衛門と千代乃を訪ねた大治郎。五十石の軽輩の家であり、母を早くに亡くしたため家事に追われ二十九になったという千代乃を見て【養子・縁組・仕官】のどれかに恨みを持つ者がいるのでは、という小兵衛の見込みはどうやら的外れだったらしい。
同じ頃、蔵前の両替商、洲本屋の店先で不二楼の女将、おもとがじりじりとしている。番頭を呼び、どうして時間が掛かるのかを問い詰めるが、曖昧にするばかりの番頭に業を煮やし、「両替屋はここだけじゃない」と席を立とうとするところに、役人がやってきた。どうやらおもとが持ち込んだ小判が例の高砂屋で奪われた小判であったようだ。水戸様の刻印がある物が当夜盗まれた小判らしい。番屋で問い詰められるおもとであるが、《どの小判を誰が使ったか》など、分かるものではない。ましてやおもとが賊と関わりがあるわけもない。駆けつけた弥七の取りなしで「一度、よく思い出してみましょう」とおもとも一旦は引き下がった。帰りが遅いので、店の前で待っていた女中のおよねに「秋山先生がお待ちです」と聞かされ、慌てて店に入ろうとするが、何かを思い出したようだ。珍しく一階の入れ込みにいる小兵衛に挨拶をし、「小判二両なら座敷ではなく、ここで使ったのじゃな」と小兵衛に言われ「三人組の浪人」と、店に入るときに思い出したようだ。たまたま用があって一階に降りて来たおもとの側で、釣銭を急かす浪人が目に入った。「お店に傷を付けられ、下手人扱いされた」からにはこのままには出来ない。覚えているので、こんど会った時はただではおかない・・・とおもとも思いつめているようである。
小兵衛の隠宅へ訪ねた大治郎。久しぶりに会った大治郎に「うまいもの、たくさん作るからゆっくりしてゆくといいよ」というおはるに挨拶をし、小兵衛に先日の鉄之助に絡む一件を報告する。【養子・縁組・仕官】に関するやっかみはど見込違いかと言う小兵衛に、大治郎が気になる一件を話す。大治郎の道場に稽古に来た、金子道場の門人が、浪人者に「稽古が終わったらどこへ行くのか? 出稽古に行くのはいつか?」などを訪ねたという。元々は弥七の感働きから来たことだが、大治郎も捨て置けぬ思いがするらしい。といって四六時中鉄之助の側に居るわけにもゆかぬ。さて、どうしたものか?と小兵衛の知恵を借りに来たわけである。「大坂で修行をしていた頃の友としか聞いておらぬ。どれほどの男なのじゃ」と問う小兵衛に「自分には無い物を持っている、この世で大事な友です」と言い切る大治郎。その思いを理解した小兵衛は「金を作れ。とりあえずは三両もあれば足りるだろう」と・・・しかし大治郎には持ち合わせが無い。「無くても作れ、大事な友の為じゃ。その金で自分が出来ぬことを人にしてもらう為」と小兵衛は言った。そして大治郎が向かった先は・・・老中・田沼意次の屋敷。邸内の道場で稽古中の佐々木三冬を訪ね、借用を頼む。「珍しい、いかほどご用立てすれば?」。少々金額が張るという大治郎が「三両です」といったのを「三百両ですね」と聞き間違う。そんなに借りては返せないと驚く大治郎が三両と念を押す。
武蔵屋で大治郎と弥七が押し問答をしている。三冬に借りた三両を『鉄之助の周りを彷徨く浪人を見つけ次第知らせること』の潰えとしてくれということである。下っ引きの二、三人も使えば事足りるので受け取れない、という弥七に「これで皆を労ってくれ」と強引に金を差し出す。弥七も「そういう事なら」と受け取りながらポツリと漏らす。「大先生に似てきなすった」と。その頃、金子道場では激烈な稽古が行われている。武者窓からのぞいている傘屋の徳次郎。下っ引きから報告を受けている。《薄汚い浪人》が以前は毎日鉄之助のことを聞き出していたらしい。しかしそれ以上のことはまだわからぬ。そして弥七は高砂屋から奪われた小判の探索であちことの賭場を洗っていた。そしてある晩、賭場でおもとと長次の姿を見かける。「高砂屋の下手人と思われる小判を使った浪人の顔を知っているのは自分しかいない。どうしても見つけてやる」とおもとは思いつめているらしい。
数日の後、浪人どもの居場所を見つけた徳次郎と下っ引き、それに大治郎が雨の中、その百姓家に近付く。そこに巣食っている浪人たちの中に旅の浪人に扮して大治郎が紛れ込む事になる。不躾に入り込んで来た大治郎・・・橋場弥七郎と名乗った浪人の凄腕を見込んで二階にいた浪人がその腕を見込んで仲間に引き入れる。平山市蔵と名乗ったその男が浪人どもを束ねているらしい。
尾羽打ち枯らしたような姿で鐘ヶ淵へ現れた大治郎を見ておはるは驚く。小兵衛は「キリッと身が引きしまるような渋い茶を」出してやれという。浪人たちを抑えている平山が大坂の話をよくするらしい。鉄之助と大坂で何か有ったのでは無いかと見た大治郎だが、今鉄之助と会うことは出来ない。なので、小兵衛に確かめてもらいたい旨を伝えに来たのである。平山とは・・・歳は三十半ば、身体を壊しているらしく、いつも横になっているが、昨日些細な揉め事が起きた際、真剣白刃取りを見せたという。「髭達磨の先生には荷が重いな」といいつつ、大治郎の依頼を受け小兵衛が金子道場を訪れ鉄之助から平山について聞き出すこととなる。それによると大坂で平山は散々に悪事を働いていたようである。町娘を襲った際に鉄之助に打ち倒されたらしい。そして大坂を追放された平山だが、その間どこで何をしていたのかは鉄之助にもわからないらしい。そして、そのことを根に持った平山が鉄之助を着け狙っているようである。同じような頃、鳥追い女に変装したおもとは街中で、例の浪人を見かける。見間違うはずはない。そして尾行を開始し、ある百姓家に入るところを見届ける。しかし外から戻って来た別の浪人に内部を伺っているところを捕らわれ、家に連れ込まれるがそれを見た大治郎・・・橋場弥七郎が「この女は俺が買ったっ!!」とおもとを連れて百姓家を飛び出していく。その時、投げた小判は平山が鉄之助・・・憎き敵と言った相手を討つために大治郎に手渡した金であった。
不二楼に戻ったおもとに弥七が感嘆の声をあげる。間違いなく高砂屋から奪われた刻印のある小判だと。すなわちその百姓家に巣食っている浪人が押し込みの下手人であることがこれでわかった。そしておもとを助けた大治郎にとっても鉄之助を狙う敵がその連中であることもわかったわけである。
鉄之助と千代乃の婚礼の夜、大治郎の代理として出席した小兵衛に挨拶をする平山団右衛門。襲って来るであろう浪人どもを未然に防ぐつもりの小兵衛が部屋を抜け出し、組長屋の前であたりを探っていると襷掛けも凛々しい三冬が駆け込んで来た。「お力添えを」と言うが「息子が世話になった。それで十分」と小兵衛も言うが、「鉄之助は金子道場の同門、何か出来ることは」という三冬と共に襲って来た浪人どもを退治してしまう。その頃、代々木八幡裏の百姓家では襲撃のための人数が集まり始めている。しかし大治郎がまだ来ていない。平山は必ず来ると思っている。そこに遅れてやって来た大治郎。「まずは酒を飲め」と勧められるがこれを断る。「真剣白刃取りを使う相手に酒を飲んでいては斬れぬ」という大治郎・・・「お前は誰だ」と問う平山。そこで初めて「浅岡鉄之助の親しき友、秋山大治郎」と名乗る。浪人どもは相手にならない。平山と相対し、切り込んだ太刀を白刃取りで受けられるが、ついに平山を切り倒す。百姓家の周りに高張提灯が煌めき、浪人どもは捕らえられた。
小兵衛の隠宅で鉄之助・千代乃と向かい合う大治郎。「この髭ともおさらばだ」という鉄之助に「髭達磨さんと大仏様、いったいどんな子供が生まれるか楽しみだ」と笑顔の大治郎。『生牡蠣を食べすぎて・・・』ということを理由として婚礼に出席できなかったのでそのことを詫び、「酢牡蠣になさいませ」と千代乃に勧められて苦笑いしている。「生牡蠣をわさび醤油でぺろりとやるのが・・・なぁ」という鉄之助、千代乃の肘鉄で吹っ飛んでゆく、その対比が面白い。庭の小川に仕掛けた罠にかかった鰻を捌こうというおはる。十匹というおはるに「五匹で良い」と小兵衛は言うが、「旦那様はこのごろ元気がねえし」とおはる。「肝は全部先生に取っておくからね〜」というおはるを呆然と見送る小兵衛である。
浅岡鉄之助、金子孫十郎、三冬に平山市蔵。そして西山団右衛門と娘・千代乃。当然ながら小兵衛に大治郎、弥七と徳次郎などの登場人物は同じで鉄之助を付け狙う平山とそれを防ぐ大治郎という大まかなストーリーは同じですが、一番大きな違いは【鉄之助が何も知らない間に、小兵衛・大治郎たちが平山を成敗してしまうところです。美冬にお金を借りるなどは同様ですが、菓子鋪への押し込みとそれに伴う小判のお話は原作にはありません。しかし、大治郎が大坂でどのような修行時代を過ごしていたかが伺いしれる一編となっています。
秋山小兵衛 藤田まこと
秋山大治郎 渡部篤郎
佐々木三冬 大路恵美
おはる 小林綾子
弥七 三浦浩一
長次 木村元
徳次郎 山内としお
おみね 佐藤恵利
金子孫十郎 楠年明
およね 江戸家まねき猫
おもと 梶芽衣子
浅岡鉄之助 金山一彦
西山団右衛門 左右田一平
千代乃 中谷由香
平山市蔵 白竜