剣客商売二 第一話「辻斬り」

冷え冷えとした夜の闇に月が朧げに見えている。人影もない闇に紛れるように歩を進める・・・侍のようである。何かを待っているかのように鯉口を切り物陰に身を潜めている。どこかで時を知らせる金がなっている。まるでそれが合図であるかのように布で顔を隠したその男はたすき掛けをし、何かを一身に見つめている。この男、辻斬りである。町人から武家まで、神出鬼没に狼藉を働いている。

 四谷の弥七の女房が経営する料理屋、武蔵家。そこで秋山小兵衛と弥七、傘屋の徳次郎が語り合っている。「辻斬りの目星はまだつかぬのか」と小兵衛。弥七が言うには「目星どころか、手がかりも無い」と。二本差しであることはわかってはいるが、雲の上のことはなかなか耳に入らなくて往生していると。切り口から直心影流ではないかとそれを手がかりに探っているが、小兵衛曰く「今の侍、五人に一人は直心影流だ」と。新刀の試し切りではないかという線でも探ってみたが、まさかに新しく刀を買った客に「刀を見せろ」とも言えず、大川端から屋敷町、下町とあちこちに出没するため絞りきれないと皆困り果てている。「じっくりと腰を据えてかかるしかあるまい」と柿の実を剥きながら小兵衛が言ったところに不二楼から迎えが来た。小兵衛が約束の刻限を忘れていたようだ。慌てて向かうが柿をふたつ、袂に入れて立ち上がった。

 不二楼の座敷にて。ひとりぽつねんとしている小兵衛。そわそわと落ち着かぬ。そこへ女将のおもとと料理人の長次がやってきた。今度考案した新しい料理を小兵衛に試食して意見をもらうためのお座敷であったが、小兵衛のお墨付きが出て、両人とも一安心。おもとから「もう一つお話が」と言われ、引き合わされたのが馴染みの座敷女中のおみつである。「今度嫁に行くことになったので、田舎に帰ることになりました」と。今までのお礼を伝えたいのと一緒に浅草の観音様のお守りを小兵衛に手渡す。守り袋まで縫ってある。「これでわしは百までいきるぞ」と小兵衛は「お返しじゃ」と柿の実をおみつに手渡す。

小兵衛隠宅。揉めている、小兵衛とおはる。揉め事の種は『お守り袋』。おはるは小兵衛とその女中の関係を疑っている。「お守りだけくれればいいのに、なんで袋まで縫ってくれるんだ」と。《親切・親切》と言って人を騙してしまう「木兵衛」に例えられてしまう。翌朝、「守り袋が見当たらんのだ」という小兵衛に「ネズミが引いていったんだえろ、今度ネズミに聞いとくわ」とそっけない。食べ足りない小兵衛を尻目にさっさと片付けてしまう。しばらくして傘徳が駆け込んできた。「先生、すぐにおいでくだせぇ」と「やられました、辻斬りに」と。斬られたのはおみつ。少しでも早く帰りたいとまだ暗いうちに出立したのだが、それがいけなかったのだろうか。「止めればよかった」とおもと。「左からの袈裟の一刀、いつもの手口」と弥七。そっと手を合わせる小兵衛である。

 秋山大治郎の道場。一人、真剣でもって無外流の型をつかっている大治郎の元へおはるが訪ねてくる。「しばらく無沙汰をしているが父は元気か」と大治郎が問うがおはるの答えは「十日前に出ていった」と。「不二楼へ行ったきり戻ってこない。女でもできたのだろうか」とも。無言のまま、例の守り袋を大治郎に手渡すおはるであった。そして、大治郎が不二楼に向かい、おもとから事情を知らされる。辻斬りの出没した場所を調べ、毎晩出かけているという。「なぜ教えてくれなかった。父上になにかあったらどうする」。しかし小兵衛はおもとに「誰にも言うな」と固く口止めをしていたのであった。そして当夜も出かけているという。

   提灯を片手にゆったりと歩む人影。小兵衛である。その脇から襲いかかる黒づくめの侍。一太刀目を躱されさらに切り込むが軽くあしらわれ、「直心影流、左袈裟、見たぞ。辻斬りはおのれかっ」。なおも切り込むが小兵衛に当て落とされたと見るや、共の侍二人が白刃を抜いて殺到するが「このたわけはお前らのあるじか」その二人も小兵衛には全く歯が立たない。

不二楼にて。朝餉の最中の小兵衛に大治郎が昨夜の顛末を問うている。「正体を確かめねばと物陰に潜んで奴らが息を吹き返すのを待っておった。三人はあたりを見回して、あたふたと立ち去ったわぃ」そして「無論、後をつけた」という小兵衛。「どこへ行きました」大治郎の問いに驚くべき答えが返ってくる。逃げ込んだ先は神田・駿河台の大きな旗本屋敷。おはるがやってきたことを告げ、このままにしてはおけない、自分が話をしておこうという大治郎に「そこまで耄碌しておらん。放っておけ、わしはどうせ、木兵衛じゃからのぉ」と小兵衛。そこへ弥七の来訪を告げにおもとがやってくる。庭を回って座敷にやってきた弥七が言うには「屋敷の主は永井十太夫という千五百石の旗本」。それを聞いたおもとは「その殿様は六尺豊かな大きなお人では」と。以前、大勢で不二楼にやってきて席に着くなり帰るまで、剣術と刀の自慢話ばかりだったので、良く覚えているという。「剣術自慢が高じて直参が辻斬りとは・・・世も末だな」と大治郎。しかも永井十太夫は唯の直参ではなく、幕府の御目付衆を務める大物だそうである。「こうとわかっていればあの時、《この者辻斬りにて》と立て札でも立てて広小路あたりにでも晒しておくべきであった」と悔やむ小兵衛に、「今度お見えの時に、刀を調べれば」とおもと。「刃こぼれや血曇りがあっても犬を切ったとでも言われればそれまで」と大治郎。八方塞りかと思われた。

 旗本屋敷の庭で、片肌を脱ぎ剣を振るっている侍。どうやら、あまり剣の腕は冴えてはいないようだ。そこへこれも巨漢の坊主頭の剣客が訪れる。打ち合って敗れるならまだしも、相手にかすりもせずに不覚をとるとは、そのような軟弱な剣を教えた覚えはござらんという。この剣客、名を市口孫七郎という。そこへ先夜のことを報告にくる家来。「あの辺り、くまなく調べましたが何の痕跡も残っておりませぬ」と。確かに提灯は切った、あの年寄りを見たものはおらんのかと問うが、「時間が時間だけに。あれは人間ではなく物の怪では・・・」「たわけたことを申すな」殿が激昂している。市口は「剣は切るための道具」と言い切り、その感触を得るためには犬でも猫でも、ましてや人間でもひたすら切るのみ」と教え込んでいる。

不二楼にて、小兵衛・大治郎に四谷の弥七。大治郎が口を開く「やりますか」「やらねばならん、命がけだぞ、これは」と小兵衛。手筈はととのったのであろう、不二楼をでてゆく三人、大治郎が小兵衛に「母上のこと、どうぞよしなに」と。「心配するな」との小兵衛の言葉を聞き、橋を渡ってゆく。

 「良く道を忘れなかったなぁ」おはるが久方ぶりに隠宅に戻ってきた小兵衛に、言葉を掛けるが、一緒に関谷村へ行こうと小兵衛に言われて一緒に実家へと向かう。ところが、小兵衛はおはるを両親に預け、一人不二楼へと戻ってゆく。「また木兵衛やらかしたか」と拗ねてしまうが、当然ながらおはるの身を案じてのこと。「しばらくしたら迎えに来る」と言い置いてある。
 三冬が住まう根岸の寮。返ってきた三冬に嘉助が大治郎からの手紙を渡す。「どうしてお引き止めしてくれなかったのだ」と嘉助に詰め寄るが見せられた手紙には「不始末者を連れてくるので預かりおき下されたい」と記されている。その不始末者とは・・・。夕暮れの道をゆく永井十太夫の家来・内山弥五郎。そのあとから駕籠が近づいてくる。すぐそばまできた時に駕籠の中から声がする。「おい、これ」「これとは何だ、無礼な」。駕籠を担いでいるのは弥七と徳次郎、付き添っているのは大治郎。ということは駕籠に乗っているのは秋山小兵衛。「上野の山で主人もろとも三人を料理してやった、あのじじいじゃよ」。わなわなと震え、逃げ出した内山は大治郎に当て落とされる。その三日後、今度はもう一人の家来・木村又平太が雨の中、川べりを歩いているとこれも後ろから声を掛けられ、振り返ると小兵衛が傘をさして立っている。先夜、上野山内での出来事を咎められ、内山が行方知れずになって屋敷で大騒ぎしているのではないか、と。「鐘ヶ淵に住む秋山小兵衛」と名乗る。木村が刀の鍔に手をかけるが「わしに向かってその刀が抜けるか」と小兵衛の眼力に圧倒され逃げ去っていく。

剣客商売-辻斬り-ロケ地写真-大覚寺御殿川
上記写真は、剣客商売「辻斬り」のロケ地「京都大覚寺〜御殿川」です。

小兵衛隠宅の手前、小川に掛かる橋であたりを伺う大治郎。薮の方に人の気配を感じ、左手に大刀を握りしめ「誰だ」と誰何するが、実はおはるであった。不二楼で全てを聞き、もう何も言わないと。そして大治郎に件のお守りを手渡し、関谷村だけにある「鎧茸」を差し出す。「これを食べれば病にも怪我にも大丈夫」というものらしい。こっそり小兵衛に食べさせてやってくれと大治郎に言付ける。

 永井屋敷で主人の永井十太夫と向かい合う市口孫七郎。駆け戻った木村又平太から聞いたに違いない秋山小兵衛のこと、「勾引かしなどと卑劣なまねを」と憤り、自分が始末してしまうと息巻くが、市口が押しとどめる。その市口が「どうせ貧乏剣客、腹の底は見え透いている。まずは内山を取り戻すことが先決。それまでは表に出ずに。いざとなればこの市口が一切の禍根を断つ」と主人に告げる。小兵衛隠宅では永井屋敷について、弥七が小兵衛・大治郎に報告している。市口についての情報も漏らさず伝わっている。公儀から土地の払い下げを受け道場を開き、門弟二百人を豪語する。剣を学ぶには何事にも経験と、門弟に犬猫を切らせているらしい。「そんなのが付いているとなると厄介だ」と唸る小兵衛。名乗ったのは潔く腹を切れと伝えたつもりだったが、天下の直参も地に落ちたと。

 根岸の寮では嘉助が物ものしい出で立ちで物置を見張っている。いや、若干うとうとしている。がしかし、物置の扉を破って出てきた内山と取っ組み合いとなったがねじ伏せられ「さあ殺せ、殺しやがれ」と見得を切る。その声で飛び出してきた三冬が内山を刀の鞘で打ち据え、嘉助が三冬の素性を明かすとひれ伏してしまった。そのころ鐘ヶ淵では、小兵衛が、大治郎の支度をした朝餉の最中であった。「うまい」と一言小兵衛。「うまいとなにか困るので・・・」「嫁の来手がなくなる」「そりゃ困りましたな」と。その時、小兵衛を訪う声がした。縁先に出迎えた相手は市口孫七郎と名乗った。永井十太夫の使者として参ったと言う。そして門人に持たせた菓子折を小兵衛の前に差し出すが中身を改めた小兵衛が「これで口を噤めというのか」と問うたのに「そうだ」と答えた。小兵衛が拒むといきなり腰の大刀を抜き打って襲いかかる。間一髪交わした小兵衛に向かって二の太刀を繰り出そうとする市口に、それまでじっとしていた大治郎が急須を顔めがけて投げつけ見事に命中する。怯んだ市口に大治郎が挑みかかっていくが市口の「引け」の一言が響く。「忘れ物だ」と菓子折を投げ返す。「なかなかやるな、あの蛸坊主」とは小兵衛。もう後には引けまい、とも言った小兵衛である。
隠宅の庭先で、襷掛けの物ものしい出で立ちで素振りをしている大治郎。小兵衛が「待て」と声を掛けた。先の市口に付き添っていた門人たちが市口からの書状を小兵衛に届けにきた。《本日七つ刻、東方道場に老いて余人を交えず真剣にて勝負を決したい》とある。小兵衛は承知した旨、伝えさせる。そして大治郎が付き添うこともさらりと承知してします。

 またしても後ろ手に縛られた内山が「知る限りのことをお話いたします」と。その話を聞いた三冬。直参の所業に呆れながらも、そのことを自身に伝えていない秋山親子に「あまりと言えば水臭い仕打ち、お恨みを申し上げてくる」と鐘ヶ淵へ出向く。が、隠宅には誰もいなかった。その頃、小兵衛親子は市口の道場へ出向く途上であった。その道すがら、大治郎が「折りの良い時に渡してくれと頼まれている」とおはるから預かった例の守り袋を小兵衛に手渡す。「心置き無く仇をとってくれ、関谷村で迎えにくるのを待っている」と言付けを伝える。「これがあって、鎧茸の味噌汁が腹のなかに入って居ればもう負けはないな」という小兵衛に「ご存知でしたか」と大治郎。市口の道場は門が固く閉ざされている。門を入って「先生は道場でお待ちです」と門人に案内をされるが、道場の戸もすべて閉ざされているが板戸一枚ほどがぽっかりと空いている。門人がその中へ入っていくが秋山父子は顔を見合わせた。「何かおかしゅうございますな」襷を掛けながらそう言った大治郎が「私が見てまいります」と先に道場に足を踏み入れる。が、踏み込んだとたん、足を滑らせて仰向けに倒れた。道場の床板一面に油が流してあったのである。倒れた大治郎を小兵衛と思ったか、門人たちが殺到したが、小兵衛が板戸を蹴破った。「油が塗られております。お気をつけください」叫びながらも門人たちを斬りはらっていく。小兵衛は市口と庭先で対峙するが、「その足でわしと戦う気か」。油の塗られた床でも歩けるよう細工した足元では身軽には動けまい。「下衆の知恵は所詮下衆の知恵、哀れな奴よ。参れ」と大刀を正眼に構える小兵衛に向かっていく市口も小兵衛の一刀を浴びて倒されてしまう。

 江戸城にて。老中・田沼主殿頭意次の用人、生島次郎大夫から「貴殿のご家中の者が、手前主人の元に出頭いたした。その者の名は内山弥五郎と申す。これ以上は何も申さん。武士らしい最後の処置をその胸に問い、ご善処なされい」・・・永井十太夫は切腹をした。

 小兵衛が関谷村におはるを迎えにやってきた。おはるが操る小舟には季節の作物が一杯積み込まれている。「いろいろとごくろうさんでした」というおはるに「鎧茸が入った味噌汁、うまかったぞ」驚くお春に「お前にも心配をかけてすまなんだな」と。おはるは「私は命かかってないから」と小兵衛に甘える。「これは私が預かっておくから」と小兵衛の懐から例の守り袋を引っ張り出す。取り合っているうち、川に落としてしまった。いや、もう必要がなくなったのかも知れませんね。

原作版 剣客商売第二巻 第二話 辻斬り

原作ではいきなり、小兵衛が辻斬りに襲われるところから始まります。ですので、不二楼の女中・おみつの事件もありませんので、守り袋にまつわる小兵衛とおはるの物語はありません。そして永井家の家来・内山弥五郎を監禁しておくのは四谷の弥七。したがって今回のお話では三冬様は登場しません。それ以外はほとんど原作通りの筋書きとなっております。

剣客商売二〜第一話「辻斬り」〜キャスト

秋山小兵衛 藤田まこと
秋山大治郎 渡部篤郎
佐々木三冬 大路恵美
おはる 小林綾子
弥七 三浦浩一
長次 木村元
生島次郎太夫 真田健一郎
おみね 佐藤恵利
傘屋の徳次郎 山内としお
およね 江戸家まねき猫
岩五郎 原哲男
おさき 絵沢萌子
嘉助 江戸家猫八
おもと 梶芽衣子
市口孫七郎 渡辺哲
永井十太夫 赤羽秀之
内山弥五郎 本城丸裕
木村又平太 谷口高史
おみつ 中原果南