剣客商売一 第八話「嘘の皮」

 浅草寺境内を行く小兵衛とおはる。「梅園」という甘味処の前でおはるが言う。「ここの汁粉ったら、ほっぺたが落ちるんだよ」。ふうん、という表情で聞いたことはある、とそっけない返事をする小兵衛。おはるに手を引かれて店に入る事となった。入れ込みに案内され、おはるが何やら笑っている。「先生とわたし、どうみても親子にしかみえねえべ、と思って」と言う。小兵衛が辺りを見渡して見ると、なるほど他の客は若い娘たちか、恋人同士か・・・。その中では確かに変わった組み合わせではある。そこに若い男女がやってきた。奥の座敷へ行くようだ。その二人連れを見ていたおはるが「来ている物が違うね」と何やら身分の良い人物であると見ている。小兵衛は男の方が気になる様子。「たしか、どこかで見かけたような」。その夜、隠宅でおはるに耳掃除をしてもらいながらも小兵衛は昼間の若者が気になっている様子である。そんなに気にしなくてもとおはるが言うが「ここまで出かかっておるのじゃ」とのど元を指し示す。「背中叩いてあげようか」とおはるにある意味、からかわれながらもすっきりしない様子の小兵衛であった。

 とある池の畔。青空に竹とんぼが飛んでいる。それを追う二人。件の男女である。先を行く若者を追いかけるところで、躓いてしまう娘。気付いて振り返り介抱しようとする若者。足をくじいたようであるので、抱きかかえながら歩き出そうとするところへ女がやってくる。「旦那様が具合が悪いのです」と娘を舟に乗せて帰って行く。それをぼんやりと眺めている若者。そこへ声を掛けてきた二人連れがいる。「村松伊織さんだね」と「ちょっと顔かしてくれ。いやだとは言わせねえよ」と凄んでくる。頷いた振りをして逃げだそうとするが、捕まってしまう。そのころ池の畔で釣りをしていた小兵衛と弥七。どうやら釣果は芳しくないようだ。その時、騒ぎを聞きつけて駆けつける。小兵衛が投げた石塊が男の顔を直撃し、持っていた匕首を落とす。「何をしておるか」小兵衛の一喝が響き、逃げ出す二人連れ。弥七が追おうとするが逃げられてしまう。倒れている若者を助け起こした小兵衛に向かって「秋山先生ではありませんか」と。まだ、気付かない小兵衛に「村松伊織でございます」と名乗る。かつて、小兵衛の道場で剣術を学んでいた村松左馬之助の息子である。

 浅草、橋場の料亭「不二楼」にて伊織の手当をしながら事の顛末を聞いている小兵衛と弥七。「こんな事になるなら、あんな事をしなければよかった」と言う伊織に「あんな事?・・・ははぁ、女じゃな」とは小兵衛。小兵衛がそのことを知っているのに驚く伊織に向かって「見かけたのじゃよ、一緒に居るところをな」。どういう素性の娘かと問うてみると、浅草の香具師の元締め、鎌屋達蔵の一人娘という。鎌屋は表向きは中間・小物などの口入屋だがもっぱら香具師の元締めとしての実入りの方が多く、地元ではかなりの顔役であるとか。その娘は一人娘のお照。母親が亡くなったあと、蝶よ花よと育てられたと弥七が内情を明かせば、おもとも一度、不二楼にやってきたと言う。「よくもそんな娘に手を出したものだ」とあきれ顔の小兵衛であるが、当の伊織は照れ笑い。事の重大さがいまいち飲み込めていない様子であった。

 浅草、鎌屋達蔵の家である。煙管を吹かしている達蔵。目を合わせてはいないが、意志の強そうな表情でじっと無言のお照。達蔵が煙管を叩き付ける音が響くが、ぴくりともしない。大事な一人娘に手を出してそのままでは済まさないと怒り心頭の達蔵だが、お照も負けてはいない。伊織を始末してやる、という達蔵に「そんなことをしたら死んでやるから」と言い放つ。達蔵もそれ以上は何も言えず、まずは南馬道の叔父の家にお照を預けることにする。

 ある蕎麦屋で二人の男が向かい合って話し込んでいる。先ほど、伊織を襲った二人。利助と宗次である。鎌屋達蔵の配下の者である。とんだ邪魔が入ったと、伊織を仕留め損なった事を嘆いている。そこへ、これも鎌屋の若い者、音松が駆け込んでくる。利助が「どうだった」と尋ねたところを見ると、小兵衛や伊織の後を付けていたようである。「橋場の料亭へ入っていきやした。まだそこに居るようです」と知らせる。その後どうするか、目を離すんじゃねえと命じられ、駆け戻っていく。

 船着き場で小兵衛・伊織と別れる弥七。伊織は小兵衛に「お屋敷までお送りいたします」と言うが、小兵衛は「ばかをいっちゃいけない。わしがお前さんを屋敷まで送っていくのだ」と。そんなことをされては、と恐縮する伊織だが、「殺されてもかまわぬのならそうすればいい」と小兵衛に言われて黙り込んでしまった。小兵衛の漕ぐ舟に乗って川を進んでゆく。そしてその後をもう一艘の舟が。

 神田・お玉ヶ池の村松屋敷。左馬之助と小兵衛が向かい合っている。小兵衛が村松夫妻に事の次第を全て打ち明けた。左馬之助はかつて、小兵衛の四谷・中町の道場で剣術を学んだだけでなく、道場の経営に際しても並々ならぬ援助を受けた恩義がある。「なに、伊織殿の年頃では良く有る話」と言いつつ、その恩があるからこそ「こんな面倒なことに我から首を突っ込むことはないわい」とも言っている。伊織が呼ばれてくる。「秋山先生がお帰りで」と気さくに部屋へやって来るが、「お控えなさい」と・・・。しばらく伊織を預かりたいと申し出る小兵衛に、左馬之助夫妻は願ってもないこと、と面倒を頼む。そしてそのまま、小兵衛と伊織は夜の川面を舟で進む。途中、小兵衛が伊織に色々と話して聞かせている。香具師の親玉がどういったものか知っているのかと。たとえお前が将軍様の息子であろうと、やつらは必ず殺しに来ると。脅すような事ばかり言っているが、「これからお前を連れて行く所はわしの右腕と言っても良い間柄でな、どうせ退屈しておるだろうし」と。船着きに舟を止め、先に行く小兵衛に従う伊織。その後から先ほどの舟が船着きへやってきて後を付けていく。

 株をやっている二人。利助と宗次の所へ音松が戻ってくる。どうやら左馬之助の屋敷から小兵衛・伊織を付けていたようだ。お玉ヶ池の屋敷から舟で浅草・橋場へ行き、「百姓家みたいな所に二人で入っていきやした。しばらくするとじじいが一人で出てきて戻っていきやした」と知らせる。近所にアタリを付けたところ、その百姓家はどうやら剣術の道場らしいと。「伊織の野郎、その道場に匿われやがったな」と利助は判断したようである。

 秋山大治郎道場。朝早い様子である。大治郎は庭で薪を割っている。そこへ目覚めた伊織がやってくる。もうすぐ朝餉にしますから、という大治郎に「何かお手伝い出来ることは」と伊織が聞くので、道場の雑巾掛けでもしてもらおうかな、と大治郎。いつもの麦飯、根深汁に大根の漬け物で朝餉にするが、伊織は食が進まない様子。気分が優れないのか、食事が口に合わないのか。ほとんど食べない伊織に向かって「伊織さんは剣術はなさらぬのか」との大治郎の問うが「はい」とあっさりとした返事である。「もっと食べないと。剣術をすると腹が空きますよ」ともりもり食べている大治郎。言いつけ通りに伊織が雑巾掛けをしていると道場へ尋ねて来た人物。佐々木三冬である。伊織を見て弟子かと思ったが、大治郎は「父からの預かり物です」と言う。三冬が目配せをして大治郎を道場へと誘う。「この道場は囲まれております」と告げる。道場の近くの川に集まっている鎌屋達蔵一味。利助は押し込みましょうと言ったが、達蔵はもうすぐ日が暮れるのでそれまで待つよう指示をする。道場では床下に伊織を逃がし、大治郎と三冬が待ち構えることとなる。日が暮れた道場に達蔵一味が踏み込んでくる。「浅草の鎌屋達蔵だ。村松伊織を引き渡してもらいてぇ」と声を上げるが、返事がないので、配下の者に合図をし、踏み込もうとしたその矢先。道場の戸が内側から破られ、夜稽古用の蝋燭が明々と灯る道場に大治郎と三冬が立ちふさがる。「大事な預かり物故、渡すことはできん」と大治郎。その声が合図となったように一斉に襲いかかる達蔵一味。果敢に立ち向かっていくが、そこは剣客。大治郎と三冬にさんざんに打ち負かされ伊織を取り戻す事はできずに引き上げて行く。

 不二楼の座敷。昨夜の様子を大治郎から聞いている小兵衛。「総勢14人が這いつくばったかぇ」と。「それでも最後まで向かってまいりました」とは大治郎。小兵衛は伊織をちらと見て「さて、これからどうするか。いっそその首たたき落として詫びを入れるか」と少し脅してみる。そこで今まで奥に控えていた伊織がすっと前に進み出て言う。「私はお照と夫婦になります」と村松の家を出ると言うのである。「香具師の婿になるというのか」との小兵衛の問いには「まだそこまでは」と言いつつ、村松の家には親戚に自分よりも優れた次男、三男が居るので、養子に来て貰い、自分はお照と一緒になると言うのである。自分はあの父の跡を継げるほどの者ではない。その方が良いのだと、涙を浮かべながら小兵衛に訴えた。小兵衛は何やら意を決したような表情を見せる。

 弥七と供に舟で出かける小兵衛。着いた先はある料理屋。お照がいる南馬道の料理屋・稲屋勝治郎方である。お照に会いたいという弥七に「そんな娘はいませんぜ」と凄みを効かせるが「御用の筋だ」と聞かされ慌てて取り次ぐ店の者らしからぬ若者二人。座敷では小兵衛がお照と向かい合い、事の次第を話している。お互い住む世界が違うが故、事がうまく運ぶには一年掛かるか、二年掛かるかと。お照は「五年でも、十年でも待ちます」と言い切る。感心しきりの小兵衛であった。

 浅草の鎌屋達蔵の家には夕暮れ時から子分達が集まっている。村松屋敷を襲い、火を掛けてしまおうなど物騒な事を口々に気勢を上げている。達蔵はまずは伊織を始末すると決意している。そこへやって来る二人。店の玄関先に居た子分は「だれだ、お前達は」と向かってくるが、あっさり懲らしめられてしまう。達蔵と子分達が集まっている部屋へやった来た二人。秋山小兵衛と大治郎である。達蔵に話があると小兵衛。「ほかの者は出て行け」。子分どもはどうしていいのか、その場に立ち尽くしている。「出て行かぬと痛い目にあうぞ」。もう一度、小兵衛が言う。達蔵が子分達に出るように促す。「大治郎、そいつらを見張っておれ」。子分達は先夜の道場襲撃で大治郎の腕の程を良くわかっているので、あっさり従う。「お照ちゃんにあってきたぞ」打って変わって優しげな口調で小兵衛が語る。良い娘だと。そして伊織はお照を嫁にすると言っておる、とも告げる。「お前が望んで居たことではないのか」と。「お照は伊織の子を身籠もっておるのじゃ」。そう言われては達蔵も観念したようだ。そこで小兵衛が、お前達には仕来り(しきたり)と言う物があるであろうが、武士にも武士の仕来りがある、かわいいお照はすぐにお前の手元から離さなければならぬ、と。「よろしくお願いいたしやす」と頭を下げる達蔵。「さすが、鎌屋の親分だ」と感じ入る小兵衛。

 再び、不二楼のお座敷。小兵衛に大治郎、三冬と弥七が暑い盛りに素麺で涼をとっている。伊織の嫁はわしが責任を持って探すと言ってあるらしい。そしてお照は田沼様御用人、生島次郎太夫の養女として行儀見習いに精を出す毎日。この事は村松夫妻は知っているのかと訪ねられた小兵衛は「村松左馬之助には伊織とお照はきっぱり別れさせたと言っておいた」と小兵衛。「それでは嘘を・・・」という問いには「ああ、そうだ」とそっけない小兵衛。村松夫妻には伊織の嫁はこの秋山小兵衛が責任を持って探しておくとも言ってある。そして二年ほどしたら今をときめく御老中、田沼様の御用人生島様の養女として二人を夫婦にする腹づもりらしい。おもとが言う。「じゃ、お照さんが身籠もったっていうのも・・・」「ああ、そうだ」と。「いずれはそうなるのだから」という小兵衛に、弥七が「嘘も方便てやつですね、と。小兵衛曰く、伊織とお照が良いというのじゃからそれで良い。真偽は紙一重、嘘の皮を被って真を貫けば、それでよいこと。

 小兵衛隠宅の縁側。小兵衛が竹とんぼを作っている。のぞき込むおはる。小兵衛が飛ばしてみるがあまりうまく飛ばない。だめじゃないですか、とおはるが飛ばすと見事に飛んでいく。それではと小兵衛がもう一度。今度はうまくいった。空に竹とんぼが吸い込まれるように、舞い上がっていくのを小兵衛とおはるが見つめている。

原作版小説 剣客商売第三巻 第四話 嘘の皮

 原作版とTV版ではほとんど違いはありません。とはいえ細部は色々とTV向けになっておりますが、一番の違い、唯一と言って良い話の筋の違いは伊織とお照が夫婦になることを認め、お照を手放すことを承知した鎌屋達蔵は跡目を一の子分の利助に譲り、五十前の若さで隠居することとなります。そしてTV版でお照を迎えに来たお吉という婆やが実は伊織から小遣いをもらい、お照を連れ出して伊織と合わせていました。それがばれて鎌屋達蔵にこっぴどく怒られ、追い出されてしまうこととなります。そして何度か登場する不二楼ですが、原作では料理人の長次と座敷女中のおもとはすでにこのとき夫婦になっており、店を開いているのでその元長という料理屋が舞台として何度か登場することとなります。

剣客商売〜第八話「嘘の皮」〜キャスト

秋山小兵衛(藤田まこと) 秋山大治郎(渡部篤郎)
おはる(小林綾子)
おもと(梶芽衣子) 長次(木村 元)
弥七(三浦浩一) およね(江戸家まねき猫)
村松伊織(清水邦彦) お照(及森玲子)
利助(徳井優) 宗次(天田益男)
鎌屋達蔵(石橋蓮司)