浅草・橋場の料亭、不二楼。お昼を少し回った時刻なのになにやら慌ただしい様子。座布団、仕切りのふすまを運んだり。一室では「ああでもない、こうでもない」と大騒ぎ。騒いでいるのは、おはるとその父母、岩五郎とおせき。それをみて困ったような表情の秋山小兵衛。
そのころ、橋を渡って不二楼へやってきたのは息・秋山大二郎と四谷の弥七・おみね夫妻。「先生に呼ばれまして。いったいなにがございますので」とは弥七とおみね。「何も聞いてないのか」と大治郎。大治郎自身も何も知らぬまま、小兵衛に呼ばれてやってきている。
そこへ傘屋の徳次郎夫婦もやってくる。結局何もわからぬまま、女中のおよねに促され中にはいっていく。案内された部屋に入りかけて一堂びっくり。そこには裃姿の小兵衛と花嫁衣装に身を包んだおはるの姿が。
「いまさらあらためて祝言を上げるのはどうかとは思ったが、皆に承知おき願えたら」という小兵衛に、大治郎「祝着至極にございます」。涙ぐむおはるに「めでてぇ席で泣くやつがあるか」とおせき。
牛堀久万之助の道場。だれもいない道場で真剣を振るう剣客が一人。
銀鼠の着流しに真っ赤な裏地。裾かっさばいて真剣で型をつかっている。白塗りに眉墨、口には紅まで差してある。三浦金太郎。白粉の香りまでする。牛堀道場では5本の指に入るといわれる腕前の持ち主ではあるが、何をして暮らしているのやら。手土産を携えて牛堀を訪ねて来たのには訳があったようで。
牛堀と小兵衛の親交を聞かされている三浦は小兵衛の息子、大治郎についても、牛堀に色々と問うている。その訳とは・・・とある中間部屋で博奕に興じる三浦。どうも今日はさっぱりな様子。そこへ三浦を訪ねてきた浪人、内山又平太。「もうけ話がある」という。とあるところから依頼を受け、金100両で人を斬るという。相手は秋山大治郎。
その話を三浦に持ちかけるのは相手が尋常ではないほどの剣客であり、自分一人ではもしかすると・・・という懸念からのようである。別段お金に困っている訳ではなさそうな三浦はさらりと話を聞き流している。三浦は牛堀に大治郎襲撃計画があることを知らせに来たのであった。
「助勢はしませんよ」という三浦にほんの少し安心したような表情をみせる牛堀である。
祝言が終わり、隠宅へもどる道すがら、といいますか、大川を渡る舟の上。祝言を終え「うれしいよぅ先生」と言うおはるに、「旦那様とかおまえさんとか、あなたとか呼んだらどうだ」と言う小兵衛。照れくさそうに「あなた」と呼んでみるが、「やっぱりこっぱずかし〜」と顔を覆うおはる。舟が揺れて慌てて「先生でいい、先生で」とは小兵衛。隠宅には、村の人々からの祝いの箪笥と布団が届いている。小兵衛、なにやら箪笥を揺らしている。なにやら音がすることが少し気になる様子である。
夕暮れ時、その隠宅に訪ねてきた人、牛堀久万之助である。なにやら沈痛な表情を見て取り、少し離れた場所で話を聞く小兵衛。それは三浦が話した大二郎襲撃に関する事。小兵衛は教えてくれた牛堀に感謝しながらも「それしきの事を防ぎきれずに剣客として生きてはいけぬ」と言い切る。それでもどこかに気遣う気持ちがのこり、初床もパス。
いつも通り、小兵衛隠宅を訪ねた三冬。しかし川辺の大樹に腰を下ろし考え込む小兵衛の姿を見て声も掛けず。そのまま大治郎の道場へ。「何やら急に老け込まれた様子に」と伝えますが「そうですか」とは大治郎。一度訪ねてみようと三冬には伝える。その二人の姿を物陰から見ている三浦金太郎。大治郎の道場を下見に来たのであろうか。三冬が道場を辞去した道すがら、三浦が立ちふさがる。「秋山大治郎の門人か」と問う三浦に「何者だ」と問い返す三冬。「太刀筋を見たい」という三浦に最初は相手にしていなかったが、抜き差しならぬ雰囲気の中、大刀を抜く三冬。峰打ちで三浦を倒し意気揚々と引き上げるが、三浦は倒れた姿勢のままニヤリと笑う。襟元に三浦が持っていた枝の切れ端が刺さっている事に気付き、ただ者ではないと感じ、引き返すがそこにはすでに三浦の姿は無かった。
再び牛堀道場。朝餉に自分が持参した嘗め味噌があることを見て上機嫌な三浦ではあるが、一転「あの話、秋山先生にお伝えくだされましたか」と牛堀に問う。小兵衛の言葉をそのまま伝えると、「では私が内山の助勢をしてもかまわんということですな。」と軽口をたたきますが、牛堀の教え通り、勝負は一対一でないと、と考えてはおるような。さらに「襲撃は今夜」と牛堀に告げる。
大治郎の道場を訪ねる小兵衛。瓦が欠けているな、などと話の糸口を探りながら、それとなく三浦の事を尋ねてみる。名は聞いたことがあり、「絶妙の剣を使うと聞いています。一度立ち会ってみたいと思います」とは大治郎。まだ事情ははっきりとは掴めぬ小兵衛である。
その後、四谷の弥七と待ち合わせる小兵衛。やはり気になる、弥七に事情を探ってもらっていたようで。そこで内山は新冨流・村垣道場で代稽古を努めていることを聞き、村垣道場の様子を探りに行く。道場の門から籠が出てきて内山がそれに従っている。行き先はとある料亭。そこで村垣、内山と会席する武士を目撃し、小兵衛の相手をする女中からそれとは無しに相手の素性を聞き出します。伊藤彦太夫、新発田藩の御用人である。根岸の寮、伊藤彦太夫について詳しく聞きたくて三冬を訪ねる小兵衛。そこで田沼様中屋敷での試合が遺恨の原因ではないか、との憶測を聞き出します。
小兵衛隠宅。母のおせきが箪笥の取っ手に細工をしている。要は揺れても音がしないようにとの事。「気になってしまうものじゃ」というおせきに「そんなことはせんでいい」というおはる。祝言の夜に何も無かったことを聞かされたおせきは、おはるに「精の付くものを」と言い、おはるは鰻に山芋、卵をたっぷりと夕餉に揃える。そのころ、夕暮れ時の雨の中、小兵衛を訪ねてきた者。牛堀久万之助である。今夜の大治郎襲撃を伝え、道場へ行こうと勧めてくれますが、小兵衛はここでも最初の信念を曲げず、牛堀の誘いを断ります。理解し辞去する牛堀の後ろ姿に静かに頭を下げる小兵衛。しかし夕餉の支度が出来たとおはるが呼びに来た時には小兵衛の姿は居間には無かった。
大治郎の道場。そばの林の中から道場を見守る人影。秋山小兵衛である。「まだまだ甘いな、わしも」とでも言いたげな表情。腰を下ろしその時を待ちます。しばらくすると顔を隠した二人の姿。三浦と内山である。塀を乗り越え、内山は左、住居の方へと忍び込む。三浦は道場の入口から中に入り様子を見守る。小兵衛がどうなるかと凝視する中、魂ぎるような叫び。眠っていると思っていた大治郎、早くも気付いていたのか、切り込む内山の胴を布団をはね除けざま、なぎ払います。住居の外へ倒れる内山、それを見て安心する小兵衛。しかし三浦は違った。「見事な腕前。手を出さぬつもりでいたが、今の技を見てぜひ勝負したくなった。」と大治郎に挑む。構えて相対する大治郎と三浦。切り結び、体が変わった瞬間、大治郎が三浦の背を切りつける。そのとき「その男はそれがしの門人、とどめは無用」との声。牛堀である。懐から紅を取り出して欲しいと頼む三浦。牛堀が差し出すが手が口に届くか届かぬかと言うところで事切れる三浦。それを黙って見つめる小兵衛と大治郎。
後日、小兵衛隠宅を訪ねる大治郎。縁側に近づくがただならぬ気配を感じる。細かい描写はこの場ではいたしませぬが、庭先の菜園から大根を引き抜き、そばの小川で泥を洗ってからそれを膝で折り、齧り付く大治郎。はてさて、何を思っているのやら。
TV版は大きなお話の流れは原作とほぼ同じ。小兵衛が伊藤彦太夫の詳細を訪ねに行く先はTV版での三冬ではなく、原作では田沼様御用人、生島次郎太夫。そしてもっとも大きく違うのは、大治郎襲撃を企てるのは原作版第二話「剣の誓約」にて大治郎にて片腕を切られた伊藤三弥の父である伊藤彦太夫、という設定。ただしそれを臭わせる程度になっており、村垣や内山と伊藤が会談する場面などは出て参りません。原作では最初に牛堀を訪ねる三浦の様子が少々面白おかしく表現されています。三浦が訪ねて来たことを牛堀に取り次ぐのは、牛堀道場の下男。「あの男女がきましたよぉ」と。牛堀も「居るといったのか?」と少々面倒臭そうな。しかし、剣の腕前を認めているところなどはどちらも同じ。父と子、そして師匠と弟子の想いがそれぞれに溢れるお話となっております。
秋山小兵衛(藤田まこと) 秋山大治郎(渡部篤郎)
おはる(小林綾子) 佐々木三冬(大路恵美)
弥七(三浦浩一) 徳次郎(山内としお)
おもと(梶芽衣子) おみね(佐藤恵理)
牛堀九万之助(竜雷太) 三浦金太郎(伊原剛志)