江戸南町奉行として徳川吉宗の下、江戸の治安を守り、庶民たちの生活を守った名奉行「大岡越前守忠相」
大岡忠高の四男として生まれ、十歳で本家の忠真の婿養子となり、元禄十三年(1700年)に千九百二十石の家督を継ぎ、寄合となり、二年後に御書院番に入り、その後、御徒頭、御使番、御目付より山田奉行となり普請奉行を経て、そして八代将軍・徳川吉宗の治世となった享保二年(1717年)に江戸南町奉行に着任されました。名奉行として、政治家としての手腕を発揮し享保十年(1725年)には、知行三千九百五十石となります。そして元文元年(1736年)には寺社奉行となり、寛延元年(1748年)大岡忠相は、一万石の大名となりました。
名優・加藤剛先生の大岡越前そして、この平成の世に新たな名奉行大岡越前として誕生したのが、NHK BS時代劇「大岡越前」の東山紀之殿でございましょう。
そして南町奉行所といえば、時代劇では必殺仕事人でございますが、その時代前後とされている文政より嘉永年間の南町奉行の御名前でございます。
荒尾但馬守成章 (文政三年 〜 文政四年)
筒井紀伊守政憲 (文政四年 〜天保十二年)
矢部駿河守定謙 (天保十二年〜天保十二年)
鳥井甲斐守忠燿 (天保十二年〜 弘化元年)
跡部能登守良弼 (弘化元年 〜 弘化元年)
遠山左衛門尉景元(弘化二年 〜 嘉永六年)
江戸時代中期以降の町奉行は、三千石以上の禄のある旗本より選任されるのが通例でございました。其れ以前の時代では、やはりもそっと石高のある旗本よりの選任でございましたが・・・なんせ町奉行は公費もよう掛ったとのこと・・・。そして幕府より任命された町奉行は、江戸町人、庶民一般の訴訟、犯罪の取締、犯罪者の裁き、消防等武家寺社管轄以外のすべての民政に携わる奉行所の長たる者としてそのお役目に励むのでございます。御役料は、上記の時代頃では凡そ二千から二千五百石前後とされておりました。
朝四ツに登城し、老中よりの御用云々、そして老中への奉行よりの報告等を致しまする。それが、月番の町奉行の先ず第一の勤めでございます、そして昼(八ツ)過ぎより奉行所において事件、訴え事等の調書に目を通してまいりますが、事前にそれらは、吟味方与力及び御仕置例繰方与力によって調べ擬律(法規)までされておりました。奉行が大江戸八百八町の膨大な事件、訴えを一つ一つ念入りに調べることは、無理でございまする。
そして、白洲に伏せる者に罪状を読み上げ、申し開き有るかないかの確認、そして刑罰、御仕置を下すのです。しかし町奉行といえど重追放(所払いは追放刑の中でもっとも軽い追放刑でございます)刑より重い刑を下すには、老中への御伺書を以て決裁を受けねばなりませなんだ。それなくして「獄門晒首」などと独断だけで刑を下すことできませなんだ・・・江戸時代の実際の刑罰については、磔、火焙りにしろそのさまを書くのも嘔吐きそうなものでございまする。時代劇でのそれらの様とは違いまするからな・・・わたくしもさすがにこの時代の極刑にあたる御仕置の方法、様子はこちらに書くことはございませんので御了承ください。
極刑の中で、「打ち首」にだけ触れますれば、「必殺仕事人 激突!」で、滝田栄先生が演じられておりました山田浅右衛門・・・本来、御公儀がせねばならなかったことを山田家が引き受けていたのでございまする。
「首斬り浅右衛門」、山田浅右衛門吉亮。彼は十二歳の時には、父親、七世山田浅右衛門吉利に従って刑場にすでに赴いていたと言われています。明治十四年に斬首刑が廃止されるまで、山田浅右衛門が斬り落とした首の数は三百とも言われています。罪人とはいえ、生きた人間の首を斬り落とすことを生業とした家に生を受けたのを定めと思い只管、勤めたのか・・・それとも・・・
吉亮は後年このように述べておられます。「心中にて涅槃経を唱えておりました」と。そして彼は、刑場へ向わねばならぬ日、その日斬り落とさねばならぬ人の数だけの蝋燭を自宅の仏壇に灯してから赴いたそうです。
滝田栄先生は、山田浅右衛門、其の人を御見事に演じられておられました。
「必殺仕事人 激突!」第二話でもございました。山田浅右衛門が仏壇に灯した三本の蝋燭に手を合わせてておる場面が・・・そして、それを垣間見ている老人が「今日の御仕置は・・・三人か」と呟くのでございまする。
この辺りの史実と照らした描写は・・・何とも言えませなんだ。
おっと、町奉行よりお話の道がそれましたな、
「必殺仕事人2009」で南町奉行と申せば、第十二話「冤罪」での矢部甲斐守忠孝(小林稔侍殿)でございましょう。前頁の南町奉行の御名前を御覧頂ければお分かりかと思いまするが、矢部駿河守と鳥井甲斐守を合せた御名にされておりました。
鳥井甲斐守は時代劇においてよう耳にする御名でございましょう。過去放映されました必殺仕事人スペシャル「仕事人vsオール江戸警察」では、南町奉行鳥井甲斐守と中村主水(藤田まこと先生)ら仕事人との壮絶な闘いが見応えございましたぞ!
そして、滝田栄先生は平田深喜(平手造酒)を演じられておられました。実在の人物で北辰一刀流の剣豪でございまする。ほんに滝田先生の殺陣は凄まじく迫力満点でございました。この作品は何度観直しても素晴らしゅ〜ございました。仕事人たちを追詰めてゆく、知謀に長けた南町奉行、鳥井甲斐守を演じられたのは米倉斉加年殿でございます。
「必殺仕事人2009」第十三話の矢部甲斐守は、南町奉行に着任する前は、加役、火付盗賊改であったとの設定がされておりましたが、事実、矢部駿河守もまた火付盗賊改の役職に付き、多くの手柄を立てたことにより南町奉行への出世街道を歩んだ人物でございまする。そして、鳥井甲斐守は御目付より町奉行に抜擢された人物でございまする。